目次
1.ノーマライゼーションとは
ノーマライゼーション(Normalization)とは、障がい者や高齢者などの社会的マイノリティが、地域社会のなかで健常者と同じように生活できる環境を目指そうという考え方です。
ノーマライゼーションを直訳すると「標準化」「正常化」を意味しますが、厚生労働省ではノーマライゼーションの理念を「障がいのある人もない人も、互いに支え合い、地域で生き生きと明るく豊かに暮らしていける社会を目指す」こととしています。
この考え方においては、障がい者や高齢者に社会への適応を求めるのではなく、社会が多様な人々を受け入れられる環境になることを理想とします。そのため、住環境を施設から地域へ移す流れや、社会参加の機会の保障などが重視されています。
1950年代にデンマークで誕生
ノーマライゼーションの概念は、1950年代にデンマークの社会省で知的障がい者分野を担当していたニルス・エリク・バンク-ミケルセンによって提唱されました。バンク-ミケルセンは第二次世界大戦の従軍経験があり、当時の知的障がい者施設の状況が戦時中の収容所のようだと感じ、生活環境改善のための改革を志しました。
1959年には「知的障害者福祉法」が制定され、世界で初めてノーマライゼーションの理念が法律に盛り込まれました。これにより、バンク-ミケルセンは「ノーマライゼーションの父」と呼ばれるようになったのです。
ノーマライゼーションを実現する「8つの原理」
1960年代、ノーマライゼーションの理念は北欧諸国に広がります。スウェーデンの福祉活動家ベンクト・ニィリエは、障がい者が社会で普通の生活を送るために必要な条件「8つの原理」を定義しました。
原理 |
内容 |
---|---|
1.1日のノーマルなリズム |
朝起きて身支度をし、日中は外出して活動し、夜は帰宅して休む |
2.1週間のノーマルなリズム |
平日は学校や職場に通い、週末は家族や友人と過ごす |
3.1年間のノーマルなリズム |
四季の変化や季節のイベントを楽しみ、休暇を取る |
4.ライフサイクルでのノーマルな発達経験 |
子ども時代の遊び、青年期の恋愛など年齢に応じた経験をする。 |
5.ノーマルな要求の尊重 |
自分の意思や希望が尊重され、選択する権利がある |
6.異性との生活 |
異性との関わりや恋愛、結婚の機会がある |
7.ノーマルな生活水準 |
適切な所得や社会保障を受ける権利がある |
8.ノーマルな環境水準 |
一般社会のなかで暮らし、地域の人々と交流する |
これらの原理は、障がい者も健常者と同じような生活環境や権利を持つべきという考えに基づいています。この功績により、バンク-ミケルセンが「ノーマライゼーションの父」と呼ばれるのに対し、ニィリエは「育ての親」と呼ばれています。
世界に広がったノーマライゼーション
1970年代から80年代にかけ、ノーマライゼーションの考え方は世界へと広がります。アメリカの研究者ヴォルフ・ヴォルフェンスベルガーは、ノーマライゼーションの理念を独自に発展させ、障がい者に社会的役割を与え、一般市民と対等な立場となることを重視しました。
こうした動きは国際的な広がりを見せ、国連でもさまざまな宣言が採択されるようになり、ノーマライゼーションの理念は世界的な障害者福祉の指針となっていきました。
年 |
宣言・法・条約 |
組織・国 |
---|---|---|
1971年 |
知的障害者の権利宣言 |
国連 |
1975年 |
障害者の権利宣言 |
国連 |
1981年 |
国際障害者年の制定 |
国連 |
1990年 |
ADA法 |
アメリカ |
2006年 |
障害者権利条約 |
国連 |
さらに時代とともに取り組みは進み、1990年にはアメリカで世界初の障害者差別禁止法「ADA法」が公布されます。2006年には国連で「障害者権利条約」が採択され、法的拘束力を持つ条約として障がい者の権利保護が強化されました。
2.日本でのノーマライゼーション
日本では、国際障害者年である1981年前後から、ノーマライゼーションへの関心が高まり始めました。それまでの日本の障がい者への政策は、施設での対応が中心でしたが、ノーマライゼーションの理念に基づき、地域社会での自立生活を支援する方向へと転換していきました。
また、近年では障害者福祉関連の法整備も進んでいます。
年 |
法律などの名称 |
ポイント |
---|---|---|
2005年 |
障害者自立支援法 |
障がいの種類ごとに個別に提供されていた福祉サービスを一元化した |
2013年 |
自立支援法を改正し、支援対象に難病による障害を含めたほか、障害支援区分を見直した |
|
2016年 |
事業者などに障がい者への「不当な差別的取扱い」の禁止と「合理的配慮」の提供を義務付けた |
日本のノーマライゼーションの課題
日本でもノーマライゼーションの取り組みが広がってきた一方で、まだ多くの課題も残されています。諸外国と比較すると、「ノーマライゼーション」という言葉の認知度が低く、本質的な理念が十分に理解されていないケースもあります。
また、障がい者が地域社会で暮らすための支援体制や就労機会、バリアフリー環境の整備などが不十分な地域もあり、施設から地域生活への移行が十分に進んでいないとも指摘されています。
3.ノーマライゼーションとほかの用語との違い
ノーマライゼーションとバリアフリーとの違い
ノーマライゼーションが社会理念や考え方であるのに対し、バリアフリーはその理念を実現するための具体的な手段です。
バリアフリーとは、障がい者や高齢者が社会生活を送るうえでの「バリア(障壁)」を取り除く取り組みを指します。もともとは、建築用語として使われてきましたが、昨今では物理的障壁だけでなく、制度的・文化的・心理的な障壁の除去も含む概念として広く使われています。
ノーマライゼーションとユニバーサルデザインとの違い
ノーマライゼーションが、社会の仕組みや環境を変えていくことを目指す理念であるのに対し、ユニバーサルデザインは、誰でも利用しやすいように製品や環境を設計する考え方です。つまり、ノーマライゼーションの理念を、建物や製品、サービスのデザインで実現する取り組みともいえます。
また、バリアフリーがすでに存在する障壁を取り除くことを目的とするのに対し、ユニバーサルデザインは最初からすべての人が使いやすいようにデザインすることを目的としています。
ノーマライゼーションとインクルージョンとの違い
ノーマライゼーションが主に障がい者や高齢者に焦点を当てているのに対し、インクルージョンはより対象が広く、多様性を受け入れようとする概念です。インクルージョンは、多様な個性や価値観、背景を持つ人々が排除されることなく社会に参加し、それぞれの違いが尊重される状態を指します。
とくに教育分野では「インクルーシブ教育」として、障がいのある子どもとない子どもが共に学ぶ環境づくりが進められています。ノーマライゼーションはインクルージョンの実現に向けた一つの理念と捉えることができます。
4.職場でできるノーマライゼーションの実践方法
障がい者雇用の積極的な推進
職場でのノーマライゼーションの実践として、障がい者雇用の積極的な推進が重要です。法定雇用率を単なる義務と捉えるのではなく、多様な人材が活躍できる職場づくりの一環として進めることが大切です。
独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構では、さまざまな業種・事業規模の企業の取り組みを紹介しており、医療・福祉分野での事例を検索することも可能です。例えば、佐賀県の医療法人誠晴會では、就労支援ワーカーと連携することで、知的障がいのある職員に業務や職場への理解を深めてもらい、正職員の調理補助として業務範囲を広げています。
また、沖縄県で介護事業を展開する株式会社いきがいクリエーションでは、トライアル雇用制度や定着支援を充実させることで、知的障がいや精神障がいのある従業員が、サービス付き高齢者住宅やデイサービスの介護補助として勤務しています。
職場環境のバリアフリー・ユニバーサルデザイン
物理的な環境整備も、重要なノーマライゼーションの実践になります。車いす使用者がとおりやすい通路幅の確保やスロープの設置、視覚障がい者のための点字表示や音声ガイド、聴覚障がい者のための筆談ツールの導入など、さまざまな障がいに対応した環境整備が必要です。